五人組強盗 2003.12.1

 数ヶ月前の月曜日、定時で仕事を終えアパートに帰り着き、5分ほどしてインターホンが鳴った。「上の階に住んでいるHです」インターホン画面にH氏が映っていた。「今たいへんな事が起こっています。警察に連絡してもらえませんか」私は玄関のドアを開けH氏と対面した。

アパート上の階に住むH氏とは初対面である。半年前、同時期に同じアパートに入居した。見た目50代前半、小太り、ステテコ姿、少し白髪混じりのおじさんである。H氏があわてながら話し始めた。

「部屋に強盗がいます。警察に電話してください」私は「それは大変だ。すぐ電話します」と言い、夕飯の準備をしていた妻に110番してもらった。

警察の到着を待つ間、H氏に事情を聞いた。「台所にアジア系と思われる外国人が集まって無言で何かしている。出て行けと言っても動こうとしない。まだ部屋に5人いる。保険証は部屋に置いたままだが、現金はそれほど部屋に置いてないので、何か盗られても大きな損害はない」とのことだった。

H氏の説明を聞きながら、思考が頭の中で駆けめぐった。H氏の住む3階から私の住む2階へ降りる通路は、目の前の階段しかない。つまり強盗が降りてくる可能性がある。このままでは危ない。

強盗と対面したらどうする。今習っている空手を使うべきか。いや、ここは武器を用意すべきだ。包丁か。いや、血を見るし過剰防衛になりかねない。バットか。いや、この狭い通路では振り廻せない。台所にあった高さ30cm木製ペーパータオル立て棒を見つけ、これを武器として右手で握りしめた。

待てよ。落ち着け。相手は5人いる。ここは逆らわず、3階から人影が見えたらすぐにドアを締めて災難が通り過ぎるのを待つべきだ。最後の案に決めた。

「どこから、いつ強盗が入ったのですか」目の前のH氏に対して更に質問する。「たぶん屋上からベランダに降り、窓から侵入したのだと思います」H氏の説明は続く。「30分前に目覚めた時気づき、出て行け!と言ったら、彼らはすぐ部屋から出ていったのですが、いつの間にか部屋に戻っていたのです」

「え!その30分間、Hさんは何をしていたのですか」私はすかさず聞いた。「寝ていました」、「…(どういうこと?)」Hさんは気が動転し、話の内容に混乱をきたしているのでないかと推測した。

約5分後、警察官8名が到着し、H氏と共に3階に向かった。私と妻は戸締まりを済ませ、部屋で待機し3階からの物音に耳を澄ませていたが、特に音はしなかった。

程なくして警察官が3階から降りてきた。状況を聞いたところ、部屋は全て内側から鍵がかかっており、部屋に人が侵入した形跡は無いとの事だった。私は「ご苦労様です」と言って、警察官の方々を見送った。

警察官が帰って間もなくインターホンが鳴った。「3階のHです。さきほどはいろいろありがとうございました」モニターにはH氏が映っていた。「いえ、どういたしまして。ところで強盗はどうなりましたか」私は警官から何も聞いていないふりをして聞いてみた。

「見つかりませんでした」Hさんは冷静に答えた。「そうですか、何も被害が無くてよかったですね」さすがに今度ばかりは、玄関のドアを閉めたままインターホン越しにH氏と話した。

強盗の話は以上である。要は変な人が上の階に住んでいたという話だ。妻は3階の住人を気味悪がり、私にしばらくの間できるだけ早く帰って欲しいと嘆願した。しかし私は毎日残業して帰り、ひんしゅくをかった。

今回の件で、我が家では今まで以上に戸締りを徹底するようになった。また先月、近所の郵便局で強盗が入った事件とも重なり、犯罪に直面した際の対処、家族の守り方を真剣に考えるきっかけとなった出来事であった。

追記

Hさんは先月引っ越し、今は別の人が入居している。