裁判員 2019.6.10

昨年末、裁判員に選ばれ裁判を経験しましたので皆さんに、ご報告いたします。
そもそも裁判員制度とは、一定の重大刑事犯罪を対象に、20歳以上で選挙権がある人から無作為に選ばれた6人の裁判員が3人の裁判官とともに「有罪」「無罪」を決め、有罪の場合どのような刑にするのかを決める制度です。
裁判員制度が始まったのは2009年5月ですから、ちょうど10年経過しました。
まず、私が体験した裁判の概略と結果ですが、起訴内容は「強制わいせつ傷害」、初公判から判決までに要した日数は4日、量刑は「有罪」で「懲役3年」です。容疑者は裁判の判決に対して上級の裁判所に不服申し立ての「控訴」を行いましたが、高等裁判所は一審判決を支持して控訴を「棄却」しました。その結果「有罪」が確定し、今は受刑者として刑務所で罪を償っています。
これ以降は、「 裁判員に選ばれるまでの流れ」「 裁判員に選ばれる確率」「 起訴内容」「 審議の内容」「 裁判員制度の目的と課題」「 守秘義務について」 最後に「私が感じたこと」の順番に話していきます。
裁判員に選ばれるまでの流れ
まず裁判所から封筒が送られてきます。封筒には「あなたは、この一年間の間、裁判員に選ばれる可能性があります。基本的に参加してもらいますが、どうしても都合の悪い月があれば事前に連絡してください」などと記載されていますので、それに従って書類を提出します。
忘れた頃に再び封筒が届き「裁判員候補に選ばれたので、いついつに裁判所に来てください」と連絡があります。裁判所に出向いてそこで初めて事件の内容が知らされます。事件の内容が1枚の紙にまとめられています。
これを「起訴状」といいます。それには、容疑者の氏名、生年月日、住所、事件の概要が書かれています。裁判の公平を期すため、裁判員候補は容疑者の家族、親戚、友人でないかを聞かれます。裁判員候補といっても、当日裁判所に来ない人もいるでしょうから人数はある程度、余裕みているようです。
今回の事件では、私を含めて27人が裁判員候補として裁判所に呼ばれていました。一連の説明を受けた後その場でコンピュータによるランダムな抽選が行われ「裁判員」6名と「補充裁判員」2名が選ばれました。「補充裁判員」というのは裁判員が何らかの事情で辞退したり、参加できなくなった際の交代要員です。
裁判員に選ばれる確率
年間9000人ほどが裁判員に選ばれているそうです。日本で20歳以上の人口を1億人とすると11,111人に1人が選ばれる計算になります。数値を丸めて1万分の1とします。これは年末ジャンボ宝くじ各組共通下4桁が合致した、4等5万円が当たったのと同じ確率になります。
起訴内容
起訴状というのは検察が書いた事件の概要です。容疑者、正確には被告人と呼びます。「被告人」は東京に住む30代の男性会社員です。被告人は徒歩で通行中のAさん(事件が事件なだけに被害者の名前は伏せられています。20代の女性です)Aさんに強制わいせつ行為をしようと考え、平成XX年X月X日午前X時XX分頃、東京都XXX区XXXの路上において、Aさんの背後から、いきなりスカートをめくり上げてAさんが着用していた下着の上から股を触り、さらに「騒ぐな。俺はナイフを持っているんだ。殺すぞ」と言って脅迫した上、下着の隙間から手指を入れるなどし、Aさんに全治1周間を要する傷害を負わせたものである。とあります。起訴状原本には体の部位等、正確に記載されていますが、この場では表現をマイルドにして話しています。
審議
裁判が始まりました。まず口頭弁論で容疑者、つまり被告の弁護人が熱弁をふるいました。原稿もメモも見ずに20分ほど、まるでドラマで見る俳優のようでした。
被告は、酒好きで酒場では他人ともすぐに友達になってしまうような人物である。その日はラーメン屋で仲間と朝まで飲んでいて、その帰り路上駐車していたトラックに向う途中の出来事で、「Aさんを知人女性と間違えて、驚かせようと後ろからお尻をはたいただけ」であり「無罪」であると主張しました。
以降は証拠調べ証人喚問と続きます。被害者Aさんの証言は別の部屋からモニター越しに行われました。裁判を傍聴している人から、Aさんは見えず声しか聞こえません。犯行が行われた際、Aさんは「痛い、助けて」と言いながら逃げようとしたところ、近所の人がかけつけて一緒に犯人を追いかけたが、逃げられてしまった。とのことでした。
検察が用意した証拠品は、Aさんが110番した際の音声録音、警察が撮影した当時Aさんが着ていた服と血がついた下着の写真、被害前後の防犯カメラの映像などです。ラーメン屋から犯行行われた場所を経由しトラックに乗り込むまでの距離200mの間に設置されていた6台の防犯カメラが「被告とAさんが歩道を歩いている姿」、「コンビニ内の様子」、「Aさんと近所の人が容疑者を追いかけている様子」を写していました。
他に証人として2人、「Aさんを診察した医師」と「被告の友人」が証言台に立ちました。医師からは、Aさんを診察した様子と全治1周間と診断した根拠について述べました。
被告の友人は、被告は酒を飲んだ際、よく人の体にタッチしたり、漫才のツッコミのように相手を叩く振る舞いをするので、お尻をはたいたりするのは見慣れた行為であると述べました。これらの証拠、証言から、何が本当で何が嘘なのかを裁判員、裁判官が議論し、有罪か無罪かを決めていきました。
「有罪」となると次は「刑期」を決めますが、これをどうやって決めるかというと「わいせつ行為の内容」「被害内容」「被害後の影響」「処罰感情」に着目します。「強制わいせつ致傷」という罪は、そもそも「無期または3年以上20年以下の懲役」という重い刑罰です。
また、被告が無罪を主張し罪を認めていない点、執行猶予がつく例は「服の上からのわいせつ行為」や「罪を反省している」ですが、どちらにも属していない点です。[懲役刑が、最も短い3年という理由]としては、
・傷害の結果は「全治1周間」と比較的軽い
・被告は示談金XXX万を用意し、Aさんはそれを受け取っている
・Aさんは「被告に反省してほしいが、厳罰、極刑(きょっけい)は望まない」と言っている
・被告が初犯である
また裁判所がもつ過去のデータから、今回の犯罪に近い例をいくつか参考にしました。これらの点を考慮して、刑期が決まりました。
裁判員制度の目的と課題
裁判員制度では、裁判の進め方や、その内容に国民の視点、感覚が反映されるので、裁判に対する理解が深まり、より身近に感じられることを期待して始まった制度ですが、課題もあるようです。それは審理日数の長期化で、私の場合、初公判から判決までに要した日数は4日でしたが、平均は6.4日だそうです。最長は神戸地裁が審理した殺人事件で、207日に及んだそうです。このような例だと普通の勤め人に裁判員は無理だと思うのですが、どう対処したのでしょう。興味があります。
課題をもう一つあげるとすれば、裁判員を辞退する辞退率が増加傾向にあるようで、直近では67%もあるようです。裁判員裁判の導入で量刑はどう変化したかというデータもあります。殺人事件と性犯罪は厳罰化の傾向にありますが、家族間殺人では、執行猶予判決が言い渡される例が増えているようです。
守秘(しゅひ)義務について
私がこの場で裁判内容を話して良いのか、守秘義務は大丈夫なのか、と心配される方もいらっしゃると思いますが、ちゃんと確認しています。秘密にしなければならないのは、
・裁判官と裁判員との話し合いの場で、どのような過程を得て結論に達したか
・誰がどのような意見の述べたか
・その意見を支持した数、反対意見の数
・多数決の際の数
・被害者などの事件関係者のプライバシー
このような点を注意しながら話していますので大丈夫です。
私が感じたこと
最初に起訴状を読んだとき、「せっかく裁判員に選ばれたのに、新聞に載るような殺人事件じゃないんだ」「刑期を決めるのが主な任務かな」と不遜にも思ったのですが、被告が無罪を主張するのを聞いて驚きました。
間違えた判決を出すと、「冤罪(えんざい)」もしくは「刑務所に行くべき犯罪者を、そのまま世に出してしまうことになる」この任務、責任重大だなと思い直しました。今回の裁判で被告が法廷で話す態度、話す内容、話し方をずっと見ていましたが、被告は根っからの極悪人だとは私は思えませんでした。
本人は酒を飲んではいたけど、酔いは覚めていたと証言しており、防犯カメラの映像から足取りもしっかりしていたので嘘でないでしょうけど、アルコールが理性を狂わすきっかけになっていたように思えます。お酒には気をつけたいものです。
人の人生を一変させる判決の決定権を少しばかり握っていた状況下で、後になって後悔しないよう、話し合いの場では悩みながらも自分が考えられるベストの意見を述べました。また様々な立場の人と真剣に話し合い、結論を出す手法や、異なる意見を整理して最終的に1つの結論を出す、裁判官の仕事はたいへん見事なもので、普段の仕事にも取り入れられればと感じました。
今回の裁判、精神的な負担はあったものの、私にとって有意義な経験となりました。今後、皆さんのところにも裁判所から封筒が届くかもしれません。その際は時間に都合をつけて参加されることをお勧めします。
今日の朝礼の話しは以上になります。ご清聴ありがとうございました。