ミステリーサークル 2002.8.20

 先そろそろ語らねばなるまい。この不思議で恐ろしい出来事を。

「ミステリーサークル」をご存知だろうか。英国の麦畑で一夜のうちに突如出現する奇妙な模様のことである。イギリスの畑にだけ発生するものばかりだと思っていたが、これと同じ現象が私の身にも起こったのである。

それは去年の12月中旬に始まった。最初に気付いたのは行きつけの散髪屋の親父さんである。私の髪を刈りながら、「おや?最近仕事で神経を使いすぎていないかい」と聞かれた。特に思い当たるふしも無く、なぜそのような事を急に聞くのか疑問に思って尋ねると、後頭部の右首筋近くの毛髪が一部消失しているという。鏡で見ると確かに親指の先ほどの大きさの地肌が見えていた。

次に左眉毛が被害に遭った。左端から、こめかみに向かって直径5 mm のミステリーサークルが日ごと移動するのである。これは一度眉毛が奪われても再度左側から新たな眉毛が再生してくるので、いかにもミステリーサークルが移動しているように見える。

いやこの場合、移動現象を伴っているのでミステリーサークルという表現は正確でない。あえて言うなら「タクラマカン砂漠をさまようロプノール湖の様」とでも表現すべきか。とにかく、これにはまいった。左眉毛だけない状態の顔は、バランスが非常に悪い。たまらず眉を描いた。

数ヶ月後には、右耳の上の部分にも現れた。今度は面積が大きく広がるスピードも速い。残っている右耳側の「もみあげ」を見つめ「あーこれじゃ、子連れ狼の大五郎のようだな」と苦笑していたが、残っていた「もみあげ」は一ヶ月もたずに消失した。

不思議なのは毛髪を失った頭皮は、まるで以前からそこに髪がなかった様にツルツルしていることである。シェーバーの剃り跡とは全く異なる感触である。

これらの一連の症状であるが、経験豊富な散髪屋の親父さんの説明では、よくある事だという。びっくりして病院に行く人も多いそうだが、「病院に行っても治らないよ」と親父さんはそっけない。ストレスが原因であって、それが解消されれば、まず白髪が生えはじめ、徐々に元の黒髪に生え変わるのだそうだ。

ストレスの原因を自分なりに推測してみた。当時考えていたことを思い返すと、今の年齢ならこの程度のことができるはずと思い描く理想像と、現実の自分との差が大きすぎ、どのようにすれば縮めることができるのか、思い悩んでいたような気がする。

時間をもっと有効に使えないかと考え、テレビを一切見ない「テレビ断ち」等、生活習慣の改善にいくつか取り組んでいた。何をバカなことをしているのだろうと思うかもしれないが、私は自分に制約をかけて生活することがよくある。今回はいつもよりストイックに徹し過ぎたようだ。年をとって無理が利かなくなったという見方もできるが、そうは思いたくない。

誤解のないように言っておくが、仕事内容や人間関係や環境の変化が主原因ではない。今の仕事は自分に合っていると思うし、やりがいもある。もちろん仕事には、ある程度のストレスやプレッシャーはつきものである。過去にはそれらを克服してきたし、また克服した際の充実感、達成感が自信につながると考えている。

とにかく眉と頭髪の一部を失ったが、何かしら(具体的には表現できないが)得るものはあったと思う。悔いはない。いろいろ述べたが、眉は描けるし、右耳近くの消失部も上部の髪で覆うように隠せているので見た目の髪型は、以前と大きく変化していないはずだ、と自分で思い込んでいる。

心配は無用である。「気にしなくなった時、いつの間にか治っているよ」散髪屋の親父さんの言葉を信じようと思う。